Osaka Movie Circle since1937

大阪ムービーサークル

 OMCの概要

戦前の昭和14年(1937)に創設以来、戦争中の一時期中断されましたが、戦後は昭和21年(1946)に復活し同好の人も増えて、8ミリフィルム映像クラブとして正式に発足し定期的に会合を持つようになりました。

昭和39年(1964)7月に例会ニュース創刊号を発行しました。

当時は雑誌「小型映画」の支部として活動していました。以来50年に亘り欠かすことなく例会ニュースを発行してきました。

 

創設以来70年以上の実績を誇る趣味の映像クラブであり、8mmフィルムから、最新のハイビジョンビデオまで取り組んで来ています。

 

会員も初心者からグランプリ受賞者までの幅広い会員層がおります。

 

作品内容も、ホームビデオから、旅行・紀行記、シネポエム、ドキュメンタリー作品まで創造性の高い作品、幅広い作品が月例会に上映されています。

 

会員たちの、いろいろな作品を観るだけでも入会できますのでご関心を持たれたら下記へご連絡ください。

 

会長      合原 一夫(06-6833-9227)

代表・事務局  関   剛(06-6304-0255)E-mail:t-seki@ares.eonet.ne.jp

   事務担当 前田 茂夫 E-mail:smaeda@ares.eonet.ne.jp

 

 OMCの沿革

クラブの創成期

戦前の昭和14年(1937)に竹本正光氏(故人)が16mm、8mm の愛好者を集めて不定期に会合を開いて楽しんでいた。

その後戦争で中断、戦後は昭和21年(1946)に復活し同好の人も増えて、クラブとして正式に発足し定期的に会合を持つようになった。

その後、玄光社(現”ビデオサロン”の発行元)の全国小型映画友の会組織に第8番目のクラブとして加盟、会の名称も「大阪南支部」となり、それが「大阪ムービーサークル」と併称するようになり、略称「OMC」が定着した。

今日では、玄光社の全国小型映画友の会組織も解散したので、「大阪ムービーサークル」、略称「OMC」が継続しているわけです。

戦前、同好の人達が集まって映画作りを楽しみだしてから、今年(1999)で60年目、戦後再出発してからも53年目の年である。

クラブニュースを会報として、正式に発行し始めたのが昭和39年(1964)で、平成27年12月号で第600号を発行、いずれにしても先人達が営々と築いてきたクラブである。

 

苦難の時期

しかし、クラブの発展は順風満帆ばかりではなかった。ホームビデオ機器の登場と発展にもかかわらず、OMCは8ミリフィルム映像にこだわり続けた。なかでも発色に定評のあるコダクローム愛用者が多く、多くの会員はビデオに手を出すのが他のクラブにくらべて遅れた。そのためビデオに転向した会員は、会を退会していき会員数の減少(20名を割り込む:例会出席者は十数名)で、経費面からクラブの存続が懸念されるようにもなった。しかし残された数少ない会員は、この伝統ある名門クラブの灯を消してはならないという心意気では一致していた。

この時期には、8ミリフィルム映像の衰退はさらに進展していた。平成5年10月(1993)には、コダックが日本国内での現像を中止した。同じくフジフィルムもサイレント・シングル8フィルムへのマグネストライプ加工を中止した。コダックの国内現像中止は、OMC会員にとって大ショックであった。折角撮影してもハワイへの現像送りで、出来上がりまで2ケ月近くはとても待てないといことで、フィルム映像をあきらめ、ビデオ映像へと大多数が転向していった。

平成6年1月例会からは、ついに8ミリフィルムとビデオを併用し、例会が運営されることになった。この前後がOMCにとって、一番苦しい時期であった。会員減により会の苦しい台所を救うために、会員有志で寄付を出したりした。また会費が年間2万円になっていた(現在は年会費1万円)。会員減は当然の結果として、例会の新作出品が減少し、旧作リバイバル上映が多くなっていた。そのため会の活動も低調で、却って会員数が減るという悪循環に陥っていた。

 

復活へ

このような凋落を食い止めるために、平成8年1月に心機一転会場を民間のホテルから、大阪市の施設へ移し会場費の節約を図った。同時に8ミリフィルムと決別し、ビデオ映像に一本化すこととなった。会の名称は、今後は二度とフィルムを使用することはないので、”ムービー”の文字はそぐわないのではという意見もあったが、60年の伝統の重みを考え「大阪ムービーサークル」をそのまま引き継ぐことにした。

一方ビデオ化に遅れたOMCに愛想をつかして離れていった元会員に復帰を働き掛けるとともに、ビデオサロンへの活動を掲載、施設(大阪市あべの市民学習センター)でのチラシ配布等、新会員の募集に注力した結果会員数も徐々に増加し、例会には常時に二十数名(会員数は現在35名)が出席し上映本数も新作10数本以上で会の活気も盛り上がってきている現状である。

西暦

元号

日付

出来事

1968

1971

1987

1988

1993

1995

1996

1996

1996

1997

1997

1997

1997

S43

S46

S62

S63

H05

H07

H08

H08

H08

H09

H09

H09

H09

10/18

1/12

2/24

4/15

 

10/27

1/18

2/24

4/19

2/26

6/7

10/26

11/30

OMC第8回映写会を初めて朝日生命ホールで開催。会長川畑健二氏(例会場:大阪府教育会館)

関西小型映画連盟結成総会(大阪府教育会館)

会長 川畑健二氏ご逝去 副会長 小倉宝蔵氏会長になる

川畑健二 追悼映写会開催(なにわ会館)

1993~1996(H5~H8) 関西シネクラブと合同映写会開催

小倉会長ご逝去で、合原一夫氏会長となる

ホテルアウィーナ大阪で第3木曜日に開催の例会を終了する

阿倍野学習センターで第1回の例会をする(第4土曜日)

小倉宝蔵氏 追悼映写会開催(朝日生命ホール)

大阪映像連盟設立総会開催(富士フィルム)

第1回日本アマチュア映像発表会開催(阿倍野センター)

第1回大阪アマチュア映像祭開催(中央図書館)

OMC映写会を初めて阿倍野学習センター講堂で日曜日に開催

OMC年表